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「疑問」と「違和感」と「好奇心」をもった技術者集団。
常にお客様目線で「唯一無二の会社」を目指す。

代表・小林常治インタビュー

作りやすさではなく、使いやすさ。起業の原点は海外。

前職で海外向けの電話交換機を作ってました。1980年頃の話です。
我々はお客様の要求に応えられた物を作り上げれたと思ったんです。ところが、いざサービスインしてみると、先方の責任者がすごく怒っていたんです。
「ちょっと来い!」と言われて行ったら、システムの前に呼ばれ数冊の分厚いマニュアル本を見せられました。目の前で操作している人がいたんですが、なかなか操作できていなかったんですね。手順や情報が多くて使いづらかったんですよ。
たしかに、システムの機能には満足してもらっていたのですが、交換機を操作する際の使い勝手の悪さを指摘されたんですよね。

電話局のお客様であるユーザーにはローカルの新聞とかラジオで何月何日にサービスインしますよと、いままでできなかったこんなこと、あんなことができます、タイムマシンですとコマーシャルで謳っていて、サービスインを遅らせるわけにはいかなかったのです。

電話局のオーナーさんはオペレーターたちが使い勝手の悪さを我慢すればいいとリリースしたんです。
その時に私が思ったのは、彼らは満足してないシステムにお金を払うわけですね。
それが我々の給料になる。この現実にとてつもなく違和感があり納得いかなかったんです。

当時の私は物を作る時は、「作りやすさ」に重点を置いていました。「使いやすさ」なんて全く考えていなかった。自分たちで作っているから、使い勝手に関しては、使えるどころか「使いこなしちゃう」わけですね。

作りやすさではなく、使いやすさ。

その視点を持って、本当にお客様に良いサービスを提供する会社を作ろうと。
それがこの会社を作った経緯です。

インターネットなんて使いもんにならん、と思っていた自分。
しかし、世界は変わった。今は検証の自動化に着目。

インターネットが日本に上陸した1994年、こんな技術はものにならないと思い、手をつけていませんでした。
しかし、我々が扱ってるシステムの中に、インターネットのプロトコル(IP)で動く装置が増えてくるんです。
ある時、交換機が一気にルーターに変わってしまうんです。要は新技術に一気に染まってしまいました。その時なぜもっと早くインターネット技術に取り組んでいなかったのかと後悔しました。めちゃくちゃ焦ってエンジニアを育てたのを思い出します。

もう新しく出現する技術を無視するのはやめよう、出遅れるのもやめよう、と思いました。
あれから20年以上、ITや通信業界では様々な技術が生まれ変化しています。ここ最近だとSDNですかね。大規模であったり高度で複雑なネットワークほど、動かし続けるのにヒトの手間がかかります。これまで人間がやっていた作業をソフトウェアにやらせて即座に対応しようという技術です。これをお客様のところに持っていったら、今度は早すぎたんです(笑)
「そもそもアドックさんはSDNを導入しているんですか?」って言われて。うちのネットワークは超シンプルでSDNが必要ありませんでした。(笑)

あるメーカーさんのお困りごとを聞いている時に、検証という部分でものすごい苦労されいると聞きました。コツコツ手作業で検証したり、時間を想像以上に要してしまったりと。これは、自動化したほうがいいですよ、自動化できますよっと。

私たちは通信業界で検証を自動化をしていた実績があります。皆さんの検証も自動化しましょうよ、できますよって展示会で出したらうわーっと通信業界とは違うお客様が興味を持ってくれたんですよ。
この時、はじめて通信の世界では当たり前のことが当たり前じゃなかったんだと気づきました。これならお役に立てる、ということで検証の自動化をする組織を立ち上げたんです。

「びっくり度」とは? そして、時代の変化と野望。

お客さんがびっくりしてくれる様なサービスを提供できる会社にしたいと思っています。
お客様に言われたことや希望されていることを実現してもそれは満足でしかありません。満足の上にびっくりがあると思っています。

ではびっくりしてくれるにはどうしたらいいか。

お客様や社員たちと話をしている時に、「あれ?なんか変だよな?」という感覚が生まれる時があります。この感覚をもっと具体的にいうと「疑問」と「違和感」と「好奇心」です。
この3つの感覚があることで、お客様自身が見えていない視点や思いつきもしない新たな発想にたどり着きそれを実現することで、びっくりを与えるんです。

びっくりには度合いがあるんですよ。びっくり度と私は言っています。
びっくり度というのは、お客様がどうびっくりしてくれるか。このくらいのお金でここまでやってくれるの?という話です。数値化するのはすごく難しいんですが(笑)

お客さんが本当に喜んでくれないとリピートはないですから。
うちのようなIT系の会社は世の中にたくさんあって、その中の一つ、にはなりたくないですね。お客様からもうここしか頼めない、唯一無二の会社というものを目指したい。
そのためには、変化を加えていかないといけない。でも、ちょっとした変化でいいんです。ちょっとした変化が、大きな変化になる。

我々が当時作ってた交換機って、2メガのメモリでOSとかアプリケーション、課金データ、全部入ってましたから。ガッチガチのハードウェアとガッチガチのソフトウェアでできてたんですよ。それがCPUやメモリがどんどん進化してきて、ソフトウェアで制御できる事が増え、ストレージもどんどん早く、大容量になっていく。かつては専用の機械で実現していた事がオープンソースのソフト、いわゆるOSSというものが出てきて、あっちからこっちから持ってきて、名の知れないような会社から買ってきて、組み合わせて一つの形にして、こいつを交換機として動かすということもできる。

これができると、世界の通信機メーカーと肩を並べるようなものも作れる。
象にアリンコがかかっていくようなものかもしれないけど、やろうと思ってます。早くやりたい(笑)
誰かがやる、その誰かになりたいですね。

うちの社員が、ああでもない、こうでもないと悩んでのたうち回って苦しんで物を作る。プロジェクトXですよ(笑)
あんなのやりたいですね。それでみんなが喜んでもらえるなら。

社長の来歴。高校一年でクビになり、ソフトウェアエンジニアを志す。

子供の頃はいじめられっ子でした。
おとなしくて、人前でしゃべれなくて。小学校三年生の時だったかな。殴られたりするんですよ。我慢できなくなって爆発したんですよ、そしたら簡単にやっつけることができたんですよ。痛かっただろうなと思いながらも、やればできんじゃん、と。
そこから全く別な人生が始まりました(笑)

中学校三年間は最悪でしたね。
今考えても申し訳ないんですけど。ただ、学校の先生とは今でも仲いいですよ。
一番手を焼いたと思うんですけど、飲み会とかもよくやってますしね。

実は高校をクビになったんですよ。
その高校一年の時に、ソフトウェアに出会ったんです。60~70年代かな?
フォートランと出会って。
先生にソフトウェアのことをこんなことできんだ、あんなことできんだ、って自慢されて。これはすげえなと。自分はソフトウェアエンジニア、プログラマーになろうってその時決めたんです。

叔父さんが、身体の中に入れる内視鏡を作るメーカーを経営していたんです。そこに来いって言われて、レンズを作る技術屋になったんです。これが面白いんですよ、全部、手作業。
いろんな長さ、太さがあるんですけど、その中に入れるレンズって屈折するからややこしい計算しなきゃいけないんですが、この計算が手作業なんです。なんで手作業でやってんすか?って、そこでフォートランを使って計算させるようにしたんですよ。
叔父さんが行ってた大学にコンピューターがあって、それを使わせてもらって、計算ができると。そんなことやってたんですが、この会社、潰れるんです。

某カメラメーカーが医療業界に進出してきたんです、あとドイツの会社も出てきて、もうね、叔父がつくっていたものとは品質が全く違う。こういうライバルが出て来るってことを考えもせずにやってたから、私はライバルには勝たねばならないっていうことをそこで学んだんですね。
世の中は、学歴不問って言っても知識や教養がないと相手にされません。これでは社会には通用しない、もう一回勉強しなおそうってことでがむしゃらに勉強しなおしました。それが、10代後半の頃ですね。

私の勉強している姿を気づいてくれた、知り合いのエンジニアが入社試験受けてみろってことで受けたら入社できたんです。
エンジニアとして海外に行きたいという思いがあったので、ハードウェアの設計をやらせてもらって、さっそく夢がかなったんです。
仕事は楽しかったけど、海外での経験を経て、32歳の時に自分の会社を作ったんです。

社員には恩を感じているからこそ…「崖っぷちから落っことせ」

会社を一人で始めて、こういう二百人以上の会社にしてくれたのは社員の皆さんのおかげです。
恩を感じてるんで、なにかしてあげたい。自分も世界中あちこち行かせてもらいましたけど、自分よりもっとすごくて、世界で通用するような人になってもらいたい、これが自分の夢です。

ただのエンジニアではなく、ビジネスマンとして。
1から10まで全部教えるんじゃなくて、崖っぷちから落っことせ、って管理職に言っています。這い上がってきたら、絶対、力をつけているからです。

OSSと最新のトレンドについて

IoTというキーワードからすると、様々な装置が必要になって、デバイスやソフトの検証がもっともっと必要になるので、検証の自動化をできるソリューションをどんどん増やそうと考えています。
増やしていくソリューションの中でOSSはとても重要だと感じています。OSSは昔と違って、言語の壁や情報といった問題がなくなってきているんですよ。だから、自分たちでソースコードを作り変えたりすることができてカスタマイズが容易にできるから、チャンスだと思いました。それにOSSの中には検証に使えるツールが数多くあるんですよ。

もう一つは、我々が独自で開発したプロダクトを持たないといけないと考えています。自分たちが作るのもそうだけど、どこかから持ってきたものを組み合わせて新しいプロダクトをつくる。そういったものが東ヨーロッパにあるんじゃないかと思ってるんです。
あとは、OSSのクラウド基盤なんてのも面白いですね。大型のシステムを持っているところじゃないと使えない、とよく耳にするけど本当だろうか、と。使い道なんて無限にあるはず。
いまミャンマーに持っていこうとしている仮想化基盤があります。まだ構築するのは大変ですけど、導入した会社さんは運用がすごく楽になるはずです。そういう新しいものが出てくるのもきちっと押さえてます。あの頃、インターネットで出遅れた思いはもうしたくないと(笑)

尖ったことをやっていく、それでもお客様のことを常に考える。

大手メーカーにケンカ売るぞ、みたいなこともやってますけど、うちの会社の連中はスゲーことにチャンレンジしていかなくてはならないと思うんです。
大手と肩を並べるには尖った仕事をやらざるを得なくなりますから。並ぶために必要なものが無いんだったら自分たちで作っちゃえばいいじゃねえかって連中が増えていくと考えています。
そのためにテスティングとプロダクト。この2つで勝負しようとしています。
全てのものは「自動化」がキーワードになっていくと思ってます。

日本車を買ったんですがすごくいいんです。運転支援システムっていうのがついてて、オートクルージングっていって、ちょっと手を添えておけば勝手に運転してくれるから、疲れない。世の中が自動化の流れになっているんですよ。この自動化を支えているのがソフトウェアなんです。このソフトウェアを検証するツールの開発や検証の環境構築などが我々が得意としている分野です。
これまでの当たり前が、当たり前じゃなくなる。そして新しい仕事が生まれてくる。

そのためにも、「考えろ」と言ってるんです。これはなんだろうと小さな事やささいな事に対して「疑問」、「違和感」、「好奇心」を感じないといけないです。

テスティングソリューション、検証自動化もそうですね。IoTやデバイスが増えるから自動化のニーズが高まるし、ソフトウェアの依存度もたかまってきます。処理を自動化することですね。

気をつけなければいけないのは、エンジニアとしてではなく、ビジネスマンとしての考えも持ってお客様のニーズを押さえておかないといけなんです。
お客様は新しいものが欲しいんじゃなくて、便利に使えるものが欲しい。
お客様のことを常に考えていないといつか離れてしまいますから。

取材後記
いじめられっ子だった小学校の時にやればできるということがわかり、高校をクビになって内視鏡の職人になりエンジニアとして歩み始め、海外での失敗から顧客目線、起業の原点を悟り、インターネットに出遅れたことから最新の技術を追求する必要性を学んだ小林社長。その全てが、現在の経営に集約されているのが非常に腑に落ちました。
全てが体験から生まれている経営哲学であり、だからこそ二百名を越える社員の方々も、のびのびと、かつ刺激的な仕事に日々邁進できているのを感じます。
縁の下の力持ち的なイメージのテスティングソリューションですが、顧客ニーズと最先端技術のせめぎあいを世界規模で模索する現場がアドックインターナショナルさんには用意されています。
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